ずいけい
まごころに生きる  


昨年の秋には、奈良の法隆寺を創建された聖徳太子さまの1400年()(おん)()を記念して、北海道立近代美術館において「国宝・法隆寺展」が開催されました。斑鳩(いかるが)のお寺に伝わる寺宝から、国宝十五点、重要文化財二十点が展示されました。
法隆寺の東に隣接する(ちゅう)(ぐう)()は、聖徳太子さまがその母、(あな)()(べの)(はし)(ひと)皇后のために創建された日本最古の(あま)(でら)です。
ご本尊の「()(ろく)()(さつ)(はん)()()(ゆい)(ぞう)」(伝(にょ)()(りん)(かん)(のん))は、日本の仏教彫刻を代表する尊像の一つで、(しっ)(こく)の身体に柔和な微笑(ほほえ)みを浮かべたお姿がとても魅力的です。この度、このご本尊さまも海を渡り初めて北の大地へお出ましになりました。


もう亡くなられましたが、私が尊敬する方に紀野一義先生がおられました。紀野先生は、在家仏教の会『(しん)(にょ)()』を主催され仏教文化の啓蒙活動に(てい)(しん)されました。ここに紀野先生が中宮寺の如意輪観音さまの思い出を話されたことをご紹介します。
 
ひとにはそれぞれ、忘れることのできない仏さまがあるという。私にとってのそれは、中宮寺の如意輪観音である。
昭和十九年の冬、私が松戸の陸軍工兵学校を卒業し、(しゅっ)(せい)する朝のことである。母は私に、「もう三十分だけ、私と二人でいておくれ」と言った。母のコタツのある部屋で、私たちは顔を見合ったまま座っていた。三十分はすぐにたった。私が軍刀を持って出ようとすると、母は「それは私が」と言って、軍刀を胸に抱いて出ていった。私は、父母に何も残していなかったことに気づき、その部屋の大きな(ふすま)に、歌を一首書きとどめた。




母は玄関の右の隅に軍刀を抱いて立っていた。(ちょう)()をはいて母の前に行き、軍刀に手を伸ばしたが母は離さない。そうであろう、離したときがこの世の別れとなるのである。私は心の中で「はなしてくれえ、はなしてくれえ」と祈るように念じた。母はやっと思い切ったのであろう。軍刀を私の胸に押しつけるようにして、「それじゃ・・・体を大事にしてね・・・」と、つぶやくように言い、ほほえんだ。その寂しげな、そして不思議に明るい微笑みは、中宮寺の観音さまにそっくりで、私は立ちすくんだまま動けなくなった。そして「母は死ぬ」と、(ひらめ)くように思った。死ぬのは私である(はず)なのに、そう思ったのである。
此の微笑した顔が、私に見せてくれた最後の顔になった。
この日から八ヶ月後の昭和二十年八月六日の朝、広島に原子爆弾が投下され、母は私の軍刀を押しつけたその場所で死んだ。
私にとってはこの仏さまは母そのものである。よって私は、終戦七ヶ月たってやっと日本に帰り、広島の原爆で父母姉妹を喪って、一文無しになり、岡山の山奥の津山市の貧乏寺にいた姉をたよって居候となり、孤独と(せき)(りょう)()えられなくなって、中宮寺の如意輪さまのもとに突っ走り、「お母さんただいま!」と(ぜっ)(きょう)し、その足許にひれ伏して二時間も泣き続けたのだ。
以来五十七年、私は今でも中宮寺の如意輪観音さまを拝むとき、どうしても母の面影と重なってしまう。仏さまには申し訳ないと思うものの、どうしてもそうなってしまうのは、()()に及ばぬ()()である。


紀野先生は、東大のインド哲学科の学生のとき、学徒動員で戦地へ向かい、台湾で終戦を迎えられました。その後復員されますが、広島の生まれ育ったお寺も、ご両親も姉と妹もすべて原爆により失われます。そして、打ちひしがれた思いで奈良のお寺を巡り、その悲しみを救いとってくださったのが、中宮寺の弥勒菩薩さまであったといいます。
弥勒菩薩は、お釈迦さまの入滅後五十六億七千万年後の未来にこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々をお救いくださる菩薩さまです。それまでは()(そつ)(てん)でご修行されています。片足を他方の足の上に乗せ台に座った姿で思索にふける(はん)()()(ゆい)(ぞう)は、人々を救済する方法を考え思索にふける様子を表現しています。
私は、当山のご本尊さまも、手をお合わせいただいた方の、悲しみや苦しみをお救いくださる仏さまであって欲しいと願い、中宮寺の弥勒菩薩さまにモデルになっていただきました。そして、平成十五年六月、再建された本堂にお出ましいただいたのが、現在のご本尊弥勒菩薩さまです。




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