ずいけい
まごころに生きる  


動的平衡 絶えまなく動き入れ替わりながらも全体として、(こう)(じょう)(せい)が保たれていること。
生命を生命たらしめている最も大事な要素。

昨年の秋に、生物学者の福岡伸一先生のご講演をお聴きする機会がありました。福岡先生は、京都大学を卒業後、ハーバード大学、ロックフェラー大学などで(ぶん)()(せい)(ぶつ)(がく)(遺伝子をはじめ、分子の細胞内での働きを解明しようとする学問)の研究をされ、生命の謎を解明されてきました。

福岡先生のお話し 
宇宙の大原則に、エントロピー増大の法則というものがあります。これは、(ちつ)(じょ)あるものはいずれ(ほう)(かい)して無秩序へと変化するということ、形あるものは形がない方向にしか動かないということです。たとえば、エジプトのピラミッドもいずれ風化し、(くず)れて砂にもどってしまいます。人の生命現象も、とても秩序だった状態で、細胞の中でエネルギーを作りだしています。
ですから、人間もこの法則の例外ではありません。では、人がどうやってこのエントロピー増大の法則に(あらが)っているのでしょうか。
シェーンハイマーという科学者がいました。彼はナチスドイツから亡命して、1930年代から1940年にかけてニューヨークのコロンビア大学で、生物が食べものを摂取することの意味を問い直しました。一般に、生物にとって食べものとは、自動車のガソリンと同じで、エネルギー源で、食べたものは、運動や代謝のエネルギーとなって燃えて、燃えかすは二酸化炭素と水となると考えられていました。 
シェーンハイマーは、ネズミの食べものを、同位元素標識化合物を使って可視化しました(ネズミの食べるアミノ酸に標識をつけた)。実験の結果は、食べたものがエネルギーとして使われた部分もありますが、予想に反しネズミが食べた半分以上の食べものの分子や原子が、ネズミの頭の中や、骨の中や、皮膚の中や、内臓の中や、しっぽの中など、ネズミのあらゆる部分のからだの一部になっていたのです。自動車でいえば、ガソリンの成分がハンドルやタイヤやエンジンの分子に入れ替わったということです。
3日間この実験は行われましたが、ネズミの体重は1グラムも変わりませんでした。ということは、食べたものの分子や原子がネズミのからだの一部になるのと同時にネズミのからだをつくっていた分子や原子がネズミから抜け出ているということを明らかにしたということです。つまり、ネズミのからだの分子がどんどん(こわ)されて()てられ((はい)(せつ)され)、食べものの分子と入れ替わったということです。
シェーンハイマーはそれまでの常識を根底から変えてしまいました。確かに炭水化物はエネルギー源として燃やされる部分もありますが、タンパク質は違います。私たちが毎日、タンパク質を食物として摂取しなければならないのは、自分自身のからだを日々、作り直すためなのです。シェーンハイマーはこの事実を鮮やかな実験で初めて示したのです。 
たとえば私たちの消化管の細胞はたった二、三日で作り替えられています。一年もたつと、昨年、私を形作っていた物質はほとんどが入れ替えられ、現在の私は物質的には別人となっています。つまり、生命は絶え間のない分子と原子の流れの中に、危ういバランスとしてあるということです。このことを私は、自らの生命論のキーワードとして「(どう)(てき)(へい)(こう)」と呼んでいます。
生命にとって重要なのは、作ることよりも、(こわ)すことなのです。細胞はどんな環境でも、いかなる状況でも、壊すことをやめません。むしろ進んでエネルギーを使って、積極的に、先回りして、細胞内の構造物をどんどん壊しています。なぜか。それは生命の動的平衡を維持するためなのです。
秩序あるものは必ず、秩序が乱れる方向に動きます。エントロピー増大の法則です。この世界で、最も秩序あるものは生命体です。生命体にもエントロピー増大の法則が(よう)(しゃ)なく(おそ)いかかり、常に、酸化、変性し、老廃物が発生します。これを絶え間なく排除しなければ、新しい秩序を作り出すことができないのです。そのために絶えず、自らを分解しつつ同時に再構築するという危ういバランスと流れが必要なのです。これが生きていること、つまり(どう)(てき)(へい)(こう)なのです。



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